社長の経営セミナー・本・CD&DVD【日本経営合理化協会】

文字の大きさ

ようこそ、ゲスト

ベスト電器社長

北田光男 (きただみつお)

大正3年熊本県八代市生まれ。父親が暖房機器関係の事業を営んでいたが、家業を継ぐのを嫌い、将来研究者を夢みる。昼間、仏具店に住込み、夜間巣鴨高商に通う苦学時代を送る。卒業後大連に渡り、幾多の職業を遍歴。昭和20年6月応召。戦後、自転車1台でブローカーを始める。
昭和23年、福岡市に古倉庫を借り、「北光商会」を設立。水道の部品を販売。25年、業容を拡大、九州鉄管継手を設立。朝鮮戦争ブーム、大手商社との契約…等で急成長。しかし、28年、斜陽産業となった炭鉱のあおりを受けて倒産、大きな挫折を味わう。私財を全部投げ打って従業員、取引先、金融機関に対し誠意を尽くし倒産処理。28年、九州柊材倉庫(株)を設立、金融倉庫業を始める。31年、テレビ放送の将来性に着目、テレビの販売業に乗り出し、家電ブームの追い風にも乗り大発展。45年、当時では異色のFC店づくりを積極展開、大量仕入、大童販売の多店舗化路線を推進。47年、社名を「ベスト電器」とする。

講師紹介

大正3年熊本県八代市生まれ。父親が暖房機器関係の事業を営んでいたが、家業を継ぐのを嫌い、将来研究者を夢みる。昼間、仏具店に住込み、夜間巣鴨高商に通う苦学時代を送る。卒業後大連に渡り、幾多の職業を遍歴。昭和20年6月応召。戦後、自転車1台でブローカーを始める。
昭和23年、福岡市に古倉庫を借り、「北光商会」を設立。水道の部品を販売。25年、業容を拡大、九州鉄管継手を設立。朝鮮戦争ブーム、大手商社との契約…等で急成長。しかし、28年、斜陽産業となった炭鉱のあおりを受けて倒産、大きな挫折を味わう。私財を全部投げ打って従業員、取引先、金融機関に対し誠意を尽くし倒産処理。28年、九州柊材倉庫(株)を設立、金融倉庫業を始める。31年、テレビ放送の将来性に着目、テレビの販売業に乗り出し、家電ブームの追い風にも乗り大発展。45年、当時では異色のFC店づくりを積極展開、大量仕入、大童販売の多店舗化路線を推進。47年、社名を「ベスト電器」とする。

北田光男の情報を見た人は、この講師情報も見ています。