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「中村久子の生涯」著者・ミリオン珈琲貿易会長

黒瀬曻次郎 (くろせしょうじろう)

熊本県生まれ。小学校修了の後、農業、丁稚、炭坑夫、職工などを転々とし、昭和17年1月現役兵入隊。病を得て、昭和19年現役解除、再び職工になる。昭和20年8月敗戦と同時に小倉市より上阪、闇商人の群に入る。昭和22年末ごろより珈琲業にたずさわり、ミリオン珈琲貿易株式会社代表取締役会長。
昭和60年3月の或る朝、テレビで中村久子の生涯を知る。その後、中村久子の顕彰に力を入れている三島多聞師に願い、三島師の編集になる「浄摩尼珠」を入手。この62頁の小冊子を読み終えた時、黒瀬氏は、中村久子の生き方のすさまじさに呆然としたと云う。「浄摩尼珠」のなかには、中村久子が三歳のとき突発性脱疽という病気に冒されて、両手両足を切り落としたあとに、いかにして生きていったか、という一生を克明に追っている。

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講師紹介

熊本県生まれ。小学校修了の後、農業、丁稚、炭坑夫、職工などを転々とし、昭和17年1月現役兵入隊。病を得て、昭和19年現役解除、再び職工になる。昭和20年8月敗戦と同時に小倉市より上阪、闇商人の群に入る。昭和22年末ごろより珈琲業にたずさわり、ミリオン珈琲貿易株式会社代表取締役会長。
昭和60年3月の或る朝、テレビで中村久子の生涯を知る。その後、中村久子の顕彰に力を入れている三島多聞師に願い、三島師の編集になる「浄摩尼珠」を入手。この62頁の小冊子を読み終えた時、黒瀬氏は、中村久子の生き方のすさまじさに呆然としたと云う。「浄摩尼珠」のなかには、中村久子が三歳のとき突発性脱疽という病気に冒されて、両手両足を切り落としたあとに、いかにして生きていったか、という一生を克明に追っている。

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