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ハードロック工業 社長

若林克彦 (わかばやしかつひこ)

絶対に緩まないネジをつくる「小さな世界ー企業」として有名な、緩み止めナットのトップメーカー。東京スカイツリーや、新幹線、明石海峡大橋など、苛酷な環境にさらされながら事故が絶対に許されない現場では、他社の4〜5倍する価格でも、必ず同社のネジが採用されるほど信頼が厚い。同社を牽引するのが、「東大阪のエジソン」の異名を持つ若林社長である。
若林氏は、1933年生まれ。大阪工業大学を卒業後、バルブメーカーに入社。見本市で見た戻り止めナットにヒントを得て、試行錯誤の末、改造ナットを考案。特許を取得し最初の独立をする。商品ネジは、徐々に市場に浸透し年商15億の企業へと成長するも、「ナットがゆるんだ」との苦情を機に更なる工夫改良を加え、現在のハードロックナットの開発に至る。その後、会社は共同経営者に無償で譲り、40歳で二度目の独立。74年ハードロック工業を設立し現職。産業界に多大な貢献をしたことで、2009年内閣総理大臣表彰、第3回ものづくり日本大賞、さらに、秋の叙勲で「旭日双光章」を受賞。著書に『絶対ゆるまないネジ』がある。


〔ハードロック工業〕
1974年設立。従業員数49名、資本金1000万円、売上12億円、本社所在地:東大阪市。

講師紹介

絶対に緩まないネジをつくる「小さな世界ー企業」として有名な、緩み止めナットのトップメーカー。東京スカイツリーや、新幹線、明石海峡大橋など、苛酷な環境にさらされながら事故が絶対に許されない現場では、他社の4〜5倍する価格でも、必ず同社のネジが採用されるほど信頼が厚い。同社を牽引するのが、「東大阪のエジソン」の異名を持つ若林社長である。
若林氏は、1933年生まれ。大阪工業大学を卒業後、バルブメーカーに入社。見本市で見た戻り止めナットにヒントを得て、試行錯誤の末、改造ナットを考案。特許を取得し最初の独立をする。商品ネジは、徐々に市場に浸透し年商15億の企業へと成長するも、「ナットがゆるんだ」との苦情を機に更なる工夫改良を加え、現在のハードロックナットの開発に至る。その後、会社は共同経営者に無償で譲り、40歳で二度目の独立。74年ハードロック工業を設立し現職。産業界に多大な貢献をしたことで、2009年内閣総理大臣表彰、第3回ものづくり日本大賞、さらに、秋の叙勲で「旭日双光章」を受賞。著書に『絶対ゆるまないネジ』がある。


〔ハードロック工業〕
1974年設立。従業員数49名、資本金1000万円、売上12億円、本社所在地:東大阪市。

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