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第51話 「雷オヤジ」

本田宗一郎との『叱られ問答』

成功哲学・人生哲学

2010.05.07

岩倉信弥(本田技研(元)常務 )

「創50」の行事も無事終わった。本田さんが亡くなって早や7年になる。
叱ってくれる人がいなくなり、自分が叱る立場になって初めて、叱ることの難しさを身にしみて感じるようになった。

昔から「地震、雷、火事、オヤジ」と言われてきた。
とりわけ、最後にある「オヤジ」は、このところすっかり威厳をなくしている。
「オヤジ」という言葉を聞くと、つい本田さんのことを思い出してしまう。

本田さんは、社員たちから「オヤジ」と呼ばれていた。が、若い我々にとっては、ただの「オヤジ」ではなかった。
「雷オヤジ」、それも特大の音を立てて落ちる「カミナリ」で、叱られると本当に恐かった。

何度も夢でうなされたほどで、まさに「技術の鬼」とはこういう人のことを言うのだろう。
ところがこの「雷オヤジ」、技術者として非常に謙虚な人で、技術は「世のため人のため」にあるとし、
技術のために一人歩きする技術を大変嫌った。

本田さんは本気で叱る。
口より先に手が出ることもしばしばであった。が、叱ったあと本田さんは決まって、
「ああまで言わんでも、俺もバカだな」と頭を掻いていたと聞く。
ミスをおかした当人も、そうしようとして失敗したわけではなく、自分が急かしたことにも原因があると感じていたからだ。

失敗について本田さんは、「サルも木から落ちる」に擬えて、木登りが得意なサルが心の緩みで
木から落ちてはならない。それは慢心や油断から生じたこと。が、サルが新しい木登り技術を得るために、
ある「試み」をして落ちたのなら、これは尊い経験として奨励に値する、と捉えていた。

つまり、進歩向上を目指した結果の失敗には寛容だった。
そうした失敗は、教科書にはない教訓を与えてくれ、その積み重ねが強さとなる。
特に若い頃の失敗は、将来の収穫を約束する種だ。試みることで木から落ちたのなら、その原因を追及し、
そこから新たな工夫のヒントを探り、次の試みに意欲を燃やせばよい、としていた。

これは若いエネルギーを称えたもの。
本田さんは、若さとは困難に立ち向かう意欲であり、枠にとらわれずに新しい価値を生む知恵だとしてそれを尊重した。
こうした若さへの寛容の心は、次に会った際の本田さんの、「おお、すまなんだ」という言葉や笑顔に詰っていた。
その一言に表される思いは、叱られた者にも十分に響き、そこには世代を越えた心と心の通い合いがあった。
「カミナリ」は「神なり」ということか、まさしく、神のお告げなのかもしれぬ。

講師紹介

岩倉信弥(本田技研(元)常務 )

1964年、多摩美術大学卒業と同時に本田技研工業株式会社に入社。創業者・本田宗一郎の薫陶を受け、ホンダ社のデザインの担い手となる。 大ヒット車「シビック」のデザイン担当として、カーオブザイヤー大賞受賞など、受賞歴多数。日本の自動車デザイン界の第一人者。 デザイン室の技術統括、本田...>もっと見る

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