ナンバー2の心得(12) 逡巡の根を断てるか

指導者たる者かくあるべし

歴史・人間学・古典

2018.07.03

宇惠一郎(元読売新聞東京本社国際部編集委員)

 「いまだ天命あらず」

 箱根での田中派総会で、〝闇将軍〟として振る舞う田中角栄に直言した派閥会長の二階堂進に一瞬ひるんだ角栄は、睨み返して言った。

  「総理総裁は、天の時による。田中派から総理総裁を出すには、まだ天の命(めい)がないのだ」

 二階堂はさらに食い下がる。

 「そういうことではあるまい。要は派閥より党、党より国家、国民という、我々に与えられた政治家としての大道をいかに守るかだ」

 正論である。政治家として世に出てから二階堂が貫き通してきた信念でもあった。しかし田中を信奉し、庶民宰相のもとで官房長官まで勤め上げた二階堂には逡巡もあった。

 信念の前に、政治家角栄をオレは裏切れるだろうか?

 

 まず身内を固めよ

 盟友の間の確執は決着を見ぬまま、「二階堂擁立劇」は、政界で深く進行する。元首相の鈴木善幸、自民党重鎮の福田赳夫ら田中支配に反発する党内非主流派のみならず、当時野党の公明党委員長の竹入義勝、民社党委員長・佐々木良作らが二階堂担ぎ出しを進めていた。

 だが、肝心の田中派内から、工作潰しの火の手が上がる。箱根談判から一か月後の自民党総裁選を前に、田中の腹心である後藤田正晴、金丸信の二人が二階堂に詰め寄り、机を叩きながら、二階堂に翻意を促した。「二階堂さん、あんた、党を、田中派を潰すつもりか」。

 二階堂擁立のめは消えた。中曽根が総裁に再選される。

 二階堂の行動は、日本の政治の歪みを正そうとする義憤に駆られたものだった。とはいえ、天下の構図を覆すクーデターである。非主流、野党を巻き込む前に、自ら率いる最大派閥の意思統一を図らないままでは成就はおぼつかない。まずは身内を固めよ、なのだ。

 

 竹下登、派中派工作に動く

 二階堂擁立を潰した金丸には思惑があった。田中支配からの脱却の想いは同じでも、老境の二階堂ではなく派内のニューリーダー・竹下登を担いで、身内からのクーデターを目指す。

 年が明けて1985年(昭和60年)2月7日、竹下登を担ぐ金丸ら田中派の四十数人が「創政会」を旗揚げした。勉強会の名目だったが、田中外しの決起であることは誰の目にも明らかだった。

 周到に派閥内の不満を吸収し、潤沢な資金を用意しての計画的行動だった。

 20日後、この行動に激怒したことが原因で、田中は脳卒中で倒れ、政治生命を絶たれた。天下の流れは竹下派結成へと一気に動き出す。 (この項、次回に続く)

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献

『鹿児島人物叢書4 二階堂進』上城恒夫 高城書房
『自民党-政権党の38年』北岡伸一著 中公文庫
『政治とは何か 竹下登回顧録』竹下登著 講談社

講師紹介

宇惠一郎(元読売新聞東京本社国際部編集委員)

 早稲田大学卒業後、商社を経て、1978年読売新聞社入社。社会部、外報部、95~98年ソウル支局長。帰国後、解説部次長、2007年編集委員。2011年4月〜2012年8月ソウル支局長(専任部長)、2012年9月編集委員、現在フリージャーナリストとして活躍している。 ※主な著書と受賞歴 「20XX年地方都市はど...>もっと見る

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