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(49)カエサルの遺言

(49)カエサルの遺言

 紀元前44年1月、カエサルは、パルティア(イラク、イラン)への遠征を公表する。
 
 三頭政治の盟友、クラッススが敗北して以来、虜囚となっている1万の軍団兵を取り戻す狙いもあるが、最大の目的は、ローマ帝国の境界のうちで最も不安定な東を画定し、地中海世界の「ローマによる平和」(パックス・ロマーナ)を確立することにあった。
 
 しかし、その遠征がローマの将来の安定に持つ意味を理解できる市民はいなかった。
 
 市民たちの興味は、壮大な理想、帝国構想よりも、流布された「王を戴かない限り、ローマ人はパルティアを征服できない」という神託による予言にある「王」という忌まわしい一語に向かった。
 
 王政を市民の力で打倒して共和制のもとに発展してきたローマにとって、「王」はタブーであった。
 
 「パルティア遠征を目指すカエサルは王位を狙っている」。ブルートゥスたち教条的共和主義者は、この予言を利用して、秘かに暗殺の仲間を募る。
 
 そして運命の3月15日。カエサルのパルティアへの出発は3日後に迫っていた。出発前最後の元老院会議にカエサルが登場する。この機会しかない、と暗殺者たちは焦った。
 
 そして、カエサルは、連載初回で書いたように、暗殺者たちの剣でメッタ刺しにされて事切れた。カエサルが市民和解の象徴として再建した政敵ポンペイウスの像の足下で。
 
 血塗られた剣を振り上げて凱歌を上げるブルートゥスたちに、暗殺後の明確な計画はなかった。暗殺計画に直接は参与しなかったアントニウスも同様だ。ただ、市民の支持だけが頼みの綱だった。しかし…。
 
 暗殺という安易な手段で安定的な政権交代を成し遂げたためしはない。
 
 カエサルの遺言が、翌日、アントニウスの手で開かれ、市民の前で読み上げられる。
 
 「カエサル所有の資産は、オクタウィアヌスに引き継ぐ。首都在住のローマ市民に、一人300セステルティウスずつを贈り、カエサル所有の庭園も、市民たちに寄贈する」
 
 「俺が後継者だ」と自負していたアントニウスは遺言の一句一句を読み上げながら愕然と青ざめ、遺児カエサリオンを抱いてローマに滞在していたクレオパトラも失望し秘かにローマを去った。
 
 「何が、王を目指すカエサルを殺せだ」「カエサルが後継者問題でエジプトに国を売ろうとしているだと」。遺言にカエサルの思いやりを知り、興奮する市民たちは、カエサルの遺体を荼毘に付した棒切れを手に手に、暗殺者たちの家に火を付けて回った。
 
 恐れをなした暗殺者たちはローマを離れる。死せるカエサルが、その無私の遺言によって逆襲に転じたのである。
 
 
 ※参考文献
  『ローマ人の物語(Ⅴ)』塩野七生著 新潮社
  『カエサル』長谷川博隆著 講談社学術文庫
  『プルタルコス英雄伝・下』ちくま学芸文庫
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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経営コラムニスト紹介

宇惠一郎

宇惠一郎氏  元読売新聞東京本社国際部編集委員



 早稲田大学卒業後、商社を経て、1978年読売新聞社入社。社会部、外報部、95~98年ソウル支局長。帰国後、解説部次長、2007年編集委員。2011年4月〜2012年8月ソウル支局長(専任部長)、2012年9月編集委員、現在フリージャーナリストとして活躍している。

 主な著書と受賞歴
 「理解と誤解 特派員の読む金大中の韓国」
  1997年「第1回 サムスン言論大賞特別賞(海外部門)」受賞

連絡先 ueichi@nifty.com
 

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