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(46)精鋭軍団の反乱

(46)精鋭軍団の反乱

 クレオパトラを残してエジプトを発ったカエサルが、シリア、小アジア(トルコ)での反乱の動きを封じローマに帰還したのは、紀元前47年10月のこと。ポンペイウスを追ってイタリアを離れてから1年半の月日が流れていた。
 
 ファルサロスでの決戦勝利の後、カエサルは、ベテラン兵たちに休暇を与えローマに戻していた。腹心のアントニウスに策を授けて同行させローマで政界の掌握を託していた。
 
 その策とは、ポンペイウスを支持した保守派を弾圧するな、という一事に尽きた。
 
 処罰も財産の没収も禁じ、アフリカにいるポンペイウス派の残党に合流を望むなら許した。カエサルはここでも寛容策を貫いたのだ。
 
 「勝てば官軍」。カエサルを支持してきた民衆派は、今こそ「わが世の春」、出世の好機と考えた。ところが、それが叶わない。
 
 休暇を与えられた兵士たちにも、「何のために戦ったのか」と不満が募った。軍団を率いれば無類の才を見せたアントニウスではあったが、34歳の若さでは、この不満を押さえることはできなかった。
 
 アントニウス自身が「何を考えているのか」とカエサルの意中を訝(いぶか)しんだとしたら、その工作に説得力はない。
 
 アッピア街道をローマに向かうカエサルを迎えたのは、第10軍団反乱の知らせだった。
 
 ガリア初戦からカエサルに付き従ってきた精鋭中の精鋭の第10軍団兵たちが、「退役させろ」と訴え、立ち上がったのだ。
 
 不満のはけ口として、あわよくば給与の引き上げを勝ち取る。それが反乱の真相か。兵士の心なら手に取るように読めた。
 
 アントニウスの説得失敗を知ったカエサルは一人、意気盛んな反乱兵の前に立つ。
 
 「市民諸君、何が望みか」。兵士たちは静まり返った。軍団兵呼びかけの常套句「戦友諸君」を避けた「市民諸君」の呼びかけは、従来の軍功の無視、いや兵士への侮辱でもある。
 
 そして言葉を継いだ。「よろしい、退役を認めよう」。驚く兵士たちは、涙ながらに「許してくれ、今後も戦いに連れて行ってくれ」と
嘆願する。場の雰囲気は一変した。
 
 騒ぎは納まったが、カエサルは孤独だった。理解者のいない権力者は常に孤独である。
 
 ローマの版図はもはや地中海全域に広がった。敵だ味方だと、狭いローマで政争を繰り返していては、広い世界は統治できない。どうしてそれが分からぬか。
 
 この一件で、カエサルの側近アントニウスの政治力への期待は失望に変わって行く。
 
 そして、改革のためには、新時代の新帝国像を持つおのれ一人に権力を集中する「専制」を志向せざるを得ないと考え始めた。
 
 それが、市民の不信を招き、やがて身に降りかかる悲劇への伏線となる。
 
 ※参考文献
  『ローマ人の物語(Ⅴ)』塩野七生著 新潮社
  『カエサル』長谷川博隆著 講談社学術文庫
  『プルタルコス英雄伝・下』ちくま学芸文庫
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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経営コラムニスト紹介

宇惠一郎

宇惠一郎氏  元読売新聞東京本社国際部編集委員



 早稲田大学卒業後、商社を経て、1978年読売新聞社入社。社会部、外報部、95~98年ソウル支局長。帰国後、解説部次長、2007年編集委員。2011年4月〜2012年8月ソウル支局長(専任部長)、2012年9月編集委員、現在フリージャーナリストとして活躍している。

 主な著書と受賞歴
 「理解と誤解 特派員の読む金大中の韓国」
  1997年「第1回 サムスン言論大賞特別賞(海外部門)」受賞

連絡先 ueichi@nifty.com
 

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