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第7号 「坐禅のやり方(その3)」

第7号 「坐禅のやり方(その3)」

[1]坐禅の内容
 坐禅をはじめるにあたって、坐禅の内容がどのようなものであるかを理解しておくことが、非常に大切である。下記に、重要なポイントをあげておきたい。

(1)物事を考える事ではない
 坐禅の内容を表わす言葉として、英語ではメヂテイション(瞑想)と呼ばれ、何か物事を考えることのように誤解される恐れがある。
 しかし、坐禅の内容は、むしろ何も考えない事である。
 日本の国においても、かつて師匠が公案(こうあん)と呼ばれる課題を弟子に与えて、弟子が坐禅をしている間に、その問題を考えるという習慣があったけれど、これは坐禅の内容を正しく理解しいなかった時代の習慣であって、今日ではこのような誤解はなくなっているものと思われる。

(2)坐禅は我慢比べではない
 精神的な宗教における場合の特徴としては、食事を切りつめたり、睡眠を少なくして、坐禅は一種の苦行であると考えている例もあるけれども、坐禅は釈尊(しゃくそん)が人一倍激しい苦行を体験され、釈尊ご自身の経験を通して。苦行が真実の発見のためには役に立たないことを宣言され、その結果、取り組まれた修行法であるから、坐禅の目的が苦行である可能性はまったくない。

(3)では坐禅とは何かというと、正しい姿勢でただ坐っていることである
 坐禅は何かを考えている事でもなければ、美しい花を見るような形で、外界からの刺激を受け入れている事でもない。
 坐禅は行ないそのものであって、ただ姿勢を正して坐っている事である。
 今日の世界における中心的な欧米の文化は、古代ギリシャ・ローマの時代から、人間活動の中心は、頭で考える「思考という働き」と、外界からの刺激を感受する「感覚の働き」との2つを中心として発達てしきた。
 しかし、佛教思想を発見された釈尊(しゃくそん)は、思考はたんなる脳細胞の働きであり、感覚はたんなる感覚器官における外界からの刺激であるに過ぎない事に気づかれた。
 したがって、われわれはそのような架空の思考や感覚器官における刺激が実在ではないことを基礎にして、もっと信頼性の高い現実の事実を、われわれが人生を考える上での基礎にすべきであることを主張された。

(4)したがって、坐禅に関連する究極の事実は、現在の瞬間において現に坐っているという事実である
 それは頭の中に描いた想念とか、感覚的な刺激とかという、抽象的或は感覚的な頭の中の映像ではなく、現に自分自身が坐っているという、現在の瞬間における事実である。
 そして、そのような現実の事実が、この世の中の実体である。
 それは永遠の今であり、かけがえのない実体である。そのような現実の瞬間の中に、自分自身があり、宇宙がある。
 自分自身の行ないと宇宙とは同一物の裏表であり、そのような言葉で表現する事のできない宇宙は、神と呼ばれても不思議ではないと思う。
 私は神は宇宙であり、宇宙は神であるという考え方を信じている。神は人格神ではない。宇宙そのものである。

(5)坐禅の終了
 坐禅をおこなう時間は、1回30分ぐらい。夜、眠たいときは短くかくてもよい。反対に、もっと長くやりたいときは、30分たったら、一度、足の疲れをとるために経行(きんひん)をおこなってから、ふたたび坐るのがいいだろう。
なお、経行(きんひん)については、次回説明したいと思う。
 一人で坐禅をする場合は、自分の前に時計をおいて、時間がたったら、静かに終える。
 また、お寺などで坐禅をする場合は、鐘が一つ打たれるので、鐘の音を聞いたならば、合掌してから足を静かにほどく。
 そして、静かに立ち上がる。慌てたり乱暴であったりしてはならない。
 立ち上がったならば、使った坐蒲が使ったためにつぶれているので、坐蒲を縦に立てて、上から握りこぶしで押して形を整える。
 整えおわったら、坐蒲を坐った場所の真ん中に置き、坐蒲に向って合掌しながら頭を下げる。
 その後、右回りで180度向きを変え、座席を背にして、もう一度合掌して頭を下げる。
 二度目の合掌は、同じ部屋で坐っていた全員に対する挨拶であるが、たった一人で坐っている場合には、宇宙に対する挨拶と考えればよい。
 次回も、さらに坐禅に関する具体的な説明しよう。

 

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第20号 佛教の勉強を何から始めればよいか
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経営コラムニスト紹介

西嶋和夫氏

西嶋和夫氏

 1919年(大正8年)横浜生まれ。東京大学法学部卒業後、大蔵省証券局を経て、日本証券金融(株)常任監査役、その後、(株)井田両国堂の社長に請われて、平成17年まで同社の顧問を務める。

 そもそも、師が仏教を探求するきっかけは、師の少年時代にさかのぼる。体の弱かった小学校低学年のとき、息子のからだを心配した父親が、毎日、師を散歩に連れ出し、走らせたという。 3年後には、毎朝、数キロ走るのが日課となったが、師は毎日1人で走るうちに、子ども心に「走っていると、どうしてこんなに気持ちが落ち着くのだろうか」と疑問に思うようになった。
 以来、その疑問を解くための探求がはじまる。

 18歳のとき、栃木県大中寺において、昭和を代表する名僧・澤木興道(さわきこうどう)老師に出会い、師が長年、疑問に思っていた答えが、仏教にあると直感。以後、25年にわたって、澤木興道老師の教えを受ける。  1973年、師が54歳の時、在家のまま出家、法名・愚道和夫(ぐどうわふ)となる。

 世界が少しでも真実に近き、真に豊かで平和な社会となるために、道元禅師の教えを世界に広めたいという願いから、ドーゲン・サンガ・インターナショナルを設立し、海外での普及に尽力する。2014年1月逝去。

 主な著書「現代語訳 正法眼蔵 全12巻」「仏教-第三の世界観」「坐禅のやり方」「中論提唱」「道元禅師と仏道」「仏道は実在論である」「仏教問答」「正法眼蔵提唱録 全34巻」「永平廣録」 その他多数。

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