第5話 「200ccの見せ方」

本田宗一郎との『叱られ問答』

成功哲学・人生哲学

2010.05.07

岩倉信弥(本田技研(元)常務 )
「ホンダS600」の排気量をアップして800ccに。いわゆる、MMC(マイナーモデルチェンジ)の仕事が入社早々の私に巡ってきた。MMCとはいえ待望の4輪の仕事である。大いに胸が高鳴った。今回は排気量アップだけでなく、駆動方法も変わるうえサスペンションにも変更が及ぶ。が、設計部門からは、「コストを抑えたいから、くれぐれも外板(鉄板)はいじってくれるな」ときつく釘を刺されていた。強力なエンジンが載るのだから、付き物(艤装部品)だけで見え方を変えるとなると、ラジエーターグリルを一新するのが効果的。が、デザイナーとしては、ボディも変えてみたいという気持が少なからずあった。設計部門からの要望もあるしと悩んでいたところへ本田さんが見えた。モデルを見るなり、「何馬力になった?」と聞かれる。答えられずもぞもぞしていると、「そんなことも分からんでやっているのか!」と一喝。上司が「70馬力で、13馬力アップです」と助けてくれた。本田さんは、「ボンネットに、何か特徴が要るねぇ」と言って私を睨んだ。設計部門からは、「外板はいじるな」と強く言われている。「あのぅ...」と言いかけたら上司に抑えられた。「やってみます」と上司。4連キャブの真上あたりに、いかにも意味ありげな出っ張りを付けることにした。私は小躍りしたが、設計の担当からは意味のない変更だと散々にやられた。こうして出来たのが通称「Sハチ(ホンダS800)」の特徴となったボンネットの「バルジ(出っ張り)」である。これが、私にとって初めてのボディデザインとなり、上司には感謝感激。やっと、自動車デザインをしている気分になることができた。それにしても、馬力も知らないでと反省しきり。人間にも個性や特徴が大事であるように、商品にも「他との違いや差」が必要である。それが、商品を手にする人の満足や喜びに繋がるということを、この仕事を通じて学ぶことができた。デザインには中身を表わす役目があると。確かに、200ccは13馬力の価値をつくったが、バルジは、「ホンダS600」に対する「差」と、他社車に対する「違い」を目に見えるようにしたのである。宣伝部門のつくったカタログ写真の主役は、新しくデザインしたフロントグリルでも前後のランプ類でもなく、ボンネットのバルジであった。モーター誌の表紙にも登場し、たちまちバルジは、「Sハチ」の「顔」になり「誇り」になった。

講師紹介

岩倉信弥(本田技研(元)常務 )

1964年、多摩美術大学卒業と同時に本田技研工業株式会社に入社。創業者・本田宗一郎の薫陶を受け、ホンダ社のデザインの担い手となる。 大ヒット車「シビック」のデザイン担当として、カーオブザイヤー大賞受賞など、受賞歴多数。日本の自動車デザイン界の第一人者。 デザイン室の技術統括、本田...>もっと見る

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