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歴史・人間学・古典

2018.12.04

組織を動かす力(10)揺るがない人物評価

指導者たる者かくあるべし

 可愛い部下には目は曇る

 中国の古典、法家(法治主義学派)の理想の徹底を説いた『韓非子(かんぴし)』の説難編にこういうエピソードがある。

 戦国時代の中国、衛国の霊公に弥子瑕(びしか)という若者がいた。なかななの美少年で霊公の寵愛を受けていた。

 ある夜、弥子瑕は母の急病を聞いて、君命だと偽り霊公の車で見舞い出かけた。衛の国法では許可なく王の車に乗れば、足を斬り落とす刑に処せられる。

 それを聞き霊公は叱るどころか、感心して褒めた。「なんと孝行者か。母を思うあまり、足を斬られることも忘れるとは」と。

 またある日、弥子瑕は霊公のお供で果樹園を訪れたとき、口にした桃があまりにおいしいので、食べ残しを霊公に勧めた。「無礼者め」と一悶着起きるかと思いきや、霊公は、「なんと忠義者か。こんなに美味しいものをひとりで食べずに私にすすめるとは」とまた、褒めた。部下の不法行為も無礼も、可愛さゆえに赦された。

 

 突然の心変わり

 弥子瑕の美貌もやがて衰え、霊公の寵愛も去った。すると霊公は、かつて褒めたふたつの行為を思い出しては、ねちねちと咎めるようになる。

 「こいつは、嘘をついてわしの車を勝手に使いおった。また、残り物の桃をわしに食わせたこともある。とんでもないやつだ」

 韓非子の書く結論は、気まぐれな君主の心理状態を踏まえ、「意見を述べたり、いさめたりするには、相手に自分がどう思われているかを知ったうえで行うべきである」となっている。後世の解説書の多くも、そうした下世話な処世術の教訓とだけ位置づけている。

 しかし、筆者はそう思わない。法治の徹底を説いた韓非子である。彼が言いたかったのは、「組織において、人の評価の基準は一律、一定でなければならない」にある。そしてそうならないのが世の中でもある。

 ボスによる部下の人物評価にとどまらない。組織・企業にとってのトップの評価も同様であろう。組織・企業を危機から立て直した“中興の祖”を「神だ」「経営の神様だ」ともてはやし、一転して「人間のくず」と貶める。一定のものさしで人物を図らず、別の政治力学で評価を覆す愚。日産のトップ交代劇のみならず、官界の不祥事、あるいはアメフト、ボクシング、体操、相撲界…この一年、そんな抗争劇を見せ続けられてきた。

 

 逆鱗に触れる

 説難篇のこの話は、こう結ばれる。ご参考までに紹介しておこう。

 「龍という動物は、馴らせば、人が乗れるほどおとなしい。ところが、喉の下あたりに直径一尺もある鱗(うろこ)が逆向きにはえていて、これにさわろうものなら、たちまち噛み殺される」

 「逆鱗(げきりん)に触れる」という故事の出典がこれである。君主のみならず、世間、マスコミ、いたるところに逆鱗はある。

 『韓非子』の著者の韓非は、同門の李斯(りし)のねたみを買って自殺に追い込まれる。なんとも悲しい世の中である。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『中国の思想1 韓非子』西野広祥、市川宏訳 徳間書店

講師紹介

宇惠一郎(元読売新聞東京本社国際部編集委員)

 早稲田大学卒業後、商社を経て、1978年読売新聞社入社。社会部、外報部、95~98年ソウル支局長。帰国後、解説部次長、2007年編集委員。2011年4月〜2012年8月ソウル支局長(専任部長)、2012年9月編集委員、現在フリージャーナリストとして活躍している。 ※主な著書と受賞歴 「20XX年地方都市はど...>もっと見る

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