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歴史・人間学・古典

2018.08.14

ナンバー2の心得(18)先代の功臣

指導者たる者かくあるべし

 張昭、遺言で後継者の後見となる

 組織トップの代替わりは、なかなか厄介なものである。先代の功臣をどう遇するかで一悶着が起きがちである。

 若くしてトップを引き継いだ二代目とすれば、はるか年上の功臣はうるさくてしようがない。小言はくらうし、判断の自由を縛ることもあろう。世襲組織ならなおさらだ。「いっそ、代替わりを機にうるさ方は引退させ一掃するのがよい」との極論も出る。

 三国時代の中国で、呉の孫策が刺客に襲われて急死する。代替わりのための準備期間はなかった。いまわの際に孫策は、忠臣の張昭を呼んで、「あとは弟の孫権を頼む」と後事を託した。後を継いだ孫権は19歳、張昭は45歳だった。

 

 若ぼんを叱咤激励する

 急きょ、天下を三分する大企業のトップに立った孫権だが、おろおろするばかりでどうしていいかわからない。この代替わりの危機に張昭は、組織の引き締め、国防策をひとりで切り盛りした。ただただ悲嘆に暮れる孫権を「何をしているのですか」と叱り飛ばして鞍に押し上げ、整列させた軍隊を閲兵させた。

 二年後には孫権の母親が亡くなり、もはや身内の抑えはなくなった。孫権は虎狩りに夢中になった。暇があればゴルフ三昧のようなものである。

 虎が馬の鞍に飛びついてきたことがある。張昭は、顔色を変えて、説教した。

 「そもそも人の上に立つものは、英雄、官僚たちを使いこなすのが使命。原野で猛獣を相手に勇を競うものではありますまい!」。ゴルフのスコアアップに血道を挙げてどうする。

 孫権、酒癖も悪い。夜な夜なの宴会で酔って部下の首をはねようとしたこともある。その都度、張昭は諌めた。うるさくてしようがない。不安にかられる官僚たちは幾度か張昭を宰相に押し上げようとしたが、孫権はそのたびに拒否した。「彼は忙しいから」と。

 

 赤壁の戦いで老爺の策を退けた孫権の評価

 この張昭、世の「小説・三国志ファン」の不興をかっている。力をつけた北方の雄、魏の曹操が呉に遠征した赤壁の戦いで、張昭は、「臣下の礼をとり降るべし」と官僚の意見をとりまとめたからである。

 結果的には、孫権は、年の近い周瑜の具申を取り入れ、火船の奇策で曹操の80万の大軍を破る。老いぼれの弱腰は評価が低い。

 赤壁での戦いは映画「レッド・クリフ」にも描かれ、三国志ドラマのクライマックスだ。

 「しかし」と、正史の三国志に後代注釈をつけた裴松之は違った見解を披露している。

 「張昭の意見を取り入れていれば、中国の統一は早まり、その後の呉の立場も変わっていたと思う」

 人は勇ましいドラマを好むが、勝利のあと、呉が天下をとる日はついに来なかった。

 

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

※参考文献
『正史三国志6 呉書1』陳寿著 裴松之注 小南一郎訳 ちくま学芸文庫
『三国志きらめく群像』高島俊男著 ちくま文庫
『中国「宰相・功臣」18選』狩野直禎著 PHP文庫

講師紹介

宇惠一郎(元読売新聞東京本社国際部編集委員)

 早稲田大学卒業後、商社を経て、1978年読売新聞社入社。社会部、外報部、95~98年ソウル支局長。帰国後、解説部次長、2007年編集委員。2011年4月〜2012年8月ソウル支局長(専任部長)、2012年9月編集委員、現在フリージャーナリストとして活躍している。 ※主な著書と受賞歴 「20XX年地方都市はど...>もっと見る

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