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(50)初代皇帝の手腕

(50)初代皇帝の手腕

  カエサルが暗殺された時、遺言により後継指名を受けたオクタウィアヌスは、18歳と6か月。だれもが、その若さを侮った。
 
 共和制復帰を目指し暗殺に走った保守派の思想的支柱、60歳代のキケロも「少年」と公言してはばからない。彼をおだて上げて、独裁の道をひた走るアントニウスさえ葬り去れば、元老院主導の共和制再構築が可能だと考えた。冷静な弁論家も「これがチャンス」と狂気した。
 
 しかし、軍団指揮の経験もない少年が、意外な政治力を見せるのである。後継者として見込んだカエサルの炯眼(けいがん)であった。若さを侮るものは、若さに敗れる。
 
 何よりも威力を発揮したのは、遺言でオクタウィアヌスが引き継いだ「ユリウス・カエサル」の名だった。
 
 実質的にカエサルの養子として育ったとはいえ、名を継いでこそ、だれもが後継者として認めた。そして対立するアントニウスと保守派の間でじっと時を待つ。カエサル流である。
 
 アントニウスは、カエサルの遺産の管理人として、「俺が後継者だ」と言わんばかりに遺産を納めた金庫の鍵を渡さなかった。
 
 しかし、財界から借金してまで捻出した資金を惜しみもなく注ぎ込む二代目の若き「ユリウス・カエサル」に、市民、兵士たちは忠誠を尽くすようになる。
 
 オクタウィアヌスは焦ることなく、カエサルの側近だったアントニウス、レピドゥスと手を結び(第二次三頭政治)、キケロを死に追いやった。
 
  暗殺の下手人たちの多くは、3年と生き延びることはできず、ブルートゥスもカッシウスも、カエサルを刺し貫いた血塗られた剣で自刃して果てた。
 
 若者は、エジプトのクレオパトラと手を結んだアントニウスを打ち破り、唯一絶対の権力者「カエサル」として君臨する。
 
 生前、「復讐」とは無縁であったカエサルだが、まるでオクタウィアヌスに取り付いたかのような苛斂(かれん)なまでの逆襲で、「理想」を追求することとなったのだ。
 
 カエサル暗殺から14年の歳月が流れ、オクタウィアヌスは33歳。「尊厳ある者」を意味するアウグストゥスと名乗り、終身の初代皇帝に就任する。
 
 初代皇帝は、カエサルが理想とした、多民族、多文化を統率する「世界帝国」の時代の到来をだれよりも理解し、実行に移していく。
 
 その域内での統治の原理は、ローマの絶大な専制権力による「平和(パックス)」であった。
 
 カエサルは「国父」の称号を与えられ、神々の一角に列せられた。
 
 戦いに明け暮れたカエサルが、剣を振りかざしながら時代を先読みした理想は、死して後、その地中海世界に平和をもたらし、花開くことになったのである。
 
 
 ※参考文献
  『ローマ人の物語(Ⅴ)』塩野七生著 新潮社
  『カエサル』長谷川博隆著 講談社学術文庫
  『プルタルコス英雄伝・下』ちくま学芸文庫
  『ローマ皇帝伝・上』スエトニウス著 岩波文庫
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2014.01.07
(最終回)著者よりメッセージ
2013.12.24
(50)初代皇帝の手腕
2013.12.17
(49)カエサルの遺言
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(48)カエサルの後継者選び
2013.12.03
(47)カエサルの苦悩
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経営コラムニスト紹介

宇惠一郎

宇惠一郎氏  元読売新聞東京本社国際部編集委員



 早稲田大学卒業後、商社を経て、1978年読売新聞社入社。社会部、外報部、95~98年ソウル支局長。帰国後、解説部次長、2007年編集委員。2011年4月〜2012年8月ソウル支局長(専任部長)、2012年9月編集委員、現在フリージャーナリストとして活躍している。

 主な著書と受賞歴
 「理解と誤解 特派員の読む金大中の韓国」
  1997年「第1回 サムスン言論大賞特別賞(海外部門)」受賞

連絡先 ueichi@nifty.com
 

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