●ビルゲイツ
1955年・米国ワシントン州シアトル生れ。ハーバード大学中退。13歳でプログラミングを始め、この頃すでに、2歳年上の親友ポール・アレンとコンピューターシステム作りで報酬を得る。15歳の時、2人でシアトル近郊の交通パターンを調べる会社を設立。
その後、ハーバード大学に進むが中退し、アレンと1500ドルを元手に会社を設立。マイクロソフトを創業。以来天才的プログラミング能力と優れた経営感覚で大成功を収める。
初期の同社が大手パソコンメーカーへ自社ソフトを供給する際に用いたライセンス契約の方式は、業界のソフトウェア販売契約の原型となる。
81年IBMのパソコンにMS-DOSを提供、IBMとその互換機の普及に伴って同社も急成長をとげる。
その後、表計算ソフトやワープロソフト等の開発を経て、パソコン基本ソフト「ウインドウズ」シリーズの開発、同ソフトのバージョンアップ等、で世界NO.1の地位を不動のものにする。
同社の年商は今や140億ドルを超え、株式時価総額もGEを抜き世界NO.1米国経済誌「フォーブス」による世界長者番付では、7年連続でNO.1。個人資産は約850億ドル。
94年CEOオブ・ザ・イヤー受賞、最も影響力のある経営者に選ばれる。99年8月ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団を設立。98年「アメリカン・ヘリテージ」による歴代米国富豪番付で5位にランク。
著書に「ザ・ロード・アヘッド(未来への道)」「思考スピードの経営」がある。1930年・米国ネブラスカ州オハマ生れ。
●バフェット
少年時代に新聞配達やコーラ売りのアルバイトで稼いだ1万ドルを元手に、株式投資の世界へ。
“買うのは企業の質、株ではない”を投資信条に、超優良企業でありながら株価が安値に放置された株式に投資する、中長期のバリュー銘柄投資で300億ドルの個人資産を築く。
94年、米国経済誌「フォーブス」の選ぶ億万長者ランキングの1位を獲得。
92年以降は、親友のビル・ゲイツとともに同番付の1位・2位を、この二人でほぼ独占する。
コロンビア大学で修士号取得後、恩師ベン・グラハムが経営するグラハム・ニューマン社のアナリストを経て、56年バフェット合名会社を設立。
64年、不況にあえぐ繊維会社バークシャー・ハザウェイを買収し、事業再建に尽力するとともに投資顧問業へと転換。
以来、同社の投資運用成績が、1株当りの純資産伸び率でS&P500を下回ったのはたったの3度だけ、81年以降は一貫して上回り平均伸び率は29%を超える。
もし、創業当時の彼に100万円を預けたとすれば、今は約51億円という計算になる。たった社員20名ほどでありながら、株主サービスと情報公開に優れた同社は、ディズニーやウォルマートの世界的人気企業を押さえ、99年「最も尊敬される会社」の第五位に選ばれる。
氏の投資スタイルは、一般投資家と同様、誰にでも入手できる年次報告書だけを情報源に、その企業の将来性や経営者の人格・手腕を分析し、株価が割安なら市場を通じ投資するというもの。
その着眼ポイントや、独自で体系化した企業成長論には定評があり、ただ単に株を保有するだけでなく、実際の経営陣としても企業に参画。
アメリカン・エキスプレス、ウォルト・ディズニー、コカ・コーラ、ワシントン・ポストを一流企業に育てた、名経営アドバイザーとしてまた、史上最悪の世界の金融の危機の序曲といわれたソロモン・ブラザーズの経営破綻を、直前で救出・再建させた辣腕事業家として、その発言は常に注目される。
ユーモアと皮肉の利いた独特の語り口にファンも多く、実業界のみならず、老若男女にとって、現代のアメリカン・ヒーローの存在である。
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