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第20号 「ジャパニーズレストラン増殖中」

第20号 「ジャパニーズレストラン増殖中」

米国でジャパニーズレストランが増加している。専門誌によると店数は9383店(2004年時点)。
  '90年代初頭に3000店あまりだった頃と比べると、その数は15年で3倍に拡大した勘定だ。
ジャパニーズレストランの起源を、'46年サンフランシスコでオープンした「YAMATO」やスキヤキを懐かしんで豚豆腐が
食されたリトル東京(ロサンゼルス)の「チョップスイ店」まで半世紀以上を遡るとすれば、
成長スピードは近年に近づくほど格段に速まったといえるだろう。
 

では、まずその成長の歴史を振り返ってみよう。時間軸で大まかに次の4つに分けてみた.
 


 


(1).
  ジャパニーズレストランの創成期は第二次大戦後~'50年代。日本人移民のために望郷食を提供する店として
スタートした。「移民による移民のための店」である。
  アメリカ人からは珍奇な料理と写ったことであろう。

(2).
  やがて、'60年~'70年代中期にかけて、ハリウッド芸能界に棲息する日本びいきのプロデューサー、
俳優、日本の経済成長を担った駐在員、という「特定客のための高客単価な店」として発展。
  高級エスニック料理店としてのポジショニングを確立する。

(3).
  そして、'77年のマクガバンレポート(注1)をきっかけに「第一次日本食ブーム」が起こる。
'80年代に入ってからは、主に健康志向の知識人や高所得者層の間で、ジャパニーズレストランが人気化。
  すき焼き、天プラ、テリヤキ、鉄板焼き、すしが日本食の代表料理として浸透する。
     (注1):肉食を否定。日本人の食卓を理想と定義付けた上院レポート。

(4).
  '90年代後半からは、好調な米国景気を追い風に、ジャパニーズレストランの顧客層と利用動機が一段と拡大。
'00年代以降は、スーパーマーケットのテイクアウトすしやフードコート内のジャパニーズレストランが普及
するなど販売形態も多様化をみせる。
  結果、顧客層は従来の高所得者層から、中所得者層にまで広がり、ジャパニーズレストランに対する需要は
ますます拡大傾向を続けている。

<FIT資料「米国ジャパニーズレストラン略史」より>
 


 

さて、このジャパニーズレストランの増加現象を支える要因は何であろうか。
  顧客層と利用動機の拡大や販売形態の多様化は結果である。そこで、筆者が注目するのは、
ある大手日系問屋が公表しているこんな事実だ。

2005年度末で、日本人経営ジャパニーズレストランの割合は僅か30%。それも年々減少傾向にあるという。
25年前は、70%以上が日本人経営であったことからすると激減だ。加えて、近年では、新規開店のうち70%以上が
非日系といわれている。
  先述の分類を重ねながら要約すると、ジャパニーズレストランは'80年代までは、日本人経営による、
一部特定客(健康志向の知識人や高所得者層)の店であった。

ところが、'90年代後半から、好景気の影響にのってジャパニーズレストランに対する需要が急拡大する一方で、
供給側の日本人経営者や職人の数は追いつかなくなり、次第に中国系や韓国系の他、東南アジア系からの
参入組が増加した。
  そしてついには、ジャパニーズレストランの経営者や職人がどんどん多様化。参入機会の拡大にともない、
需給関係はスピンをかけたように好スパイラルに入り、店数の増加につながる結果となったのだ。
 

 

Taneko Japanese Tavern, 6166 N. Scottsdale Road (the Borgata), Scottsdale,

 

もとより、非日系の経営者たちは「日本食」に対する固定観念がない。従って、展開は速い。
  日本食を文化としてではなく、商材として捉えることが出来るからだ。米国のジャパニーズレストランは、
現地の労働力による、現地の生活者のためのビジネスとして、すでに独自の展開をみせはじめている。
ブレイクスルーは目前だ。
  「現地化の進展」、「クールジャパン(かっこいい日本)の情報インフラ」、「大手外食企業の参入(注2)」などを
追い風に、ジャパニーズレストランは今後もますますの発展が期待される。
    (注2):米国大手外食企業、PFCB(P.F.チャンズ・チャイナ・ビストロ社)の
      「タネコ・ジャパニーズ・タバーン」が2006年10月にオープン。詳細は、
      フードビズ第24号(http://f-biz.com/mag/)をご参照ください。

 

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経営コラムニスト紹介

Food Information Technology フードビジネスコンサルタント 山本洋三氏

山本洋三氏
Food Information Technology
フードビジネス
コンサルタント

米国の成功法則を、どうすれば日本で横展開できるのか…。

独自の『業態ワンボイス(ひとこと集約)』論コンサルティングの応用で、
米国のビジネスモデルをアレンジ。無理のない方式で日本企業への導入に
成功している注目のコンサルタント。


常に“まず訪ねる、まず観る、まず触れる”の現場主義を貫きながら、
「業態論」と「ブランドマーケティング論」の理論的側面からの考察をも併せて、
成功要因とリスク回避の方策を分析。
食品メーカーや大手料飲サービスFCをクライアントに有し、社長直属の
“知恵袋”としての情報提供や、年2~3度の帰国に合わせた
「流行・定点観測セミナー」の開催など、日米をフィールドに活躍中。


1957年兵庫県生まれ。79年、京都外国語大学英米語学科卒業後、渡米。
ロサンゼルス地区にてレストランに勤務。
その間、ハリウッド(映画・音楽・テレビなど)の授与式や
オープニング式典等のケータリング・演出を数多く担当する。


97年、その手腕を請われて流通コーディネーターに転身。
00年、フードサービス専門コンサルタントとしてMDPアソシエーツ
(カリフォルニア州モントレーパーク)に参画・独立。
01年、『業態ワンボイス』論コンサルティングをさらに拡げるべく、
フード・インフォメーション・テクノロジー
(FIT社、アリゾナ州スコッツデール)を設立、現在に至る。

山本氏が代表を務めるFIT社は、フード・ビジネスを中心としたコンサルの他、
「日本経営合理化協会アメリカ視察団」等、一般公募視察の現地コーディネート、
また、企業ごとにカスタマイズするオーダーメイド現地研修、米国企業との
交渉・業務提携の仲介業務などを専門支援する。

『アメリカ社会と外食マーケット論考』
(柴田書店「月刊食堂」2004年9月号~2005年2月号)
MOOK『NYデリ・カフェ、LAファストカジュアル』
(柴田書店)の構成・執筆協力、 『フードビズ』(株式会社エフビー、 15号より連載)
他、専門レポート等の執筆多数。

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