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【特別号第3回】《日光東照宮鎮座400年記念トップ鼎談》日光市長 斎藤文夫氏×大幸薬品株式会社 柴田 仁 氏

【特別号第3回】《日光東照宮鎮座400年記念トップ鼎談》日光市長 斎藤文夫氏×大幸薬品株式会社 柴田 仁 氏

 

 
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※本対談は2016年度(平成28年度)に行われました。
 
 
《日光東照宮鎮座400年記念トップ鼎談》
「伝統を伝える誇りと過去の栄光に甘んじない絶えざるイノベーション」
 
昔も今も家庭の常備薬として欠かせない「正露丸」。その製造メーカーである大幸薬品は、近年、ノロウイルスなどの感染症やインフルエンザ対策に、置くだけで二酸化塩素分子の力でウイルス・菌・ニオイを除去・除菌する「クレベリン」が大ヒットしている。
同社の柴田仁会長をゲストにお迎えし、日光市の斎藤文夫市長とともに、日光市まちづくりアドバイザーを務める西川りゅうじん氏の進行で、家庭薬と日光の歴史、そして、インバウンド観光に至るまで様々なお話に花が咲きました。伝統を伝える誇りと過去の栄光に甘んじない絶えざるイノベーションの真髄に迫ります!
 
 
<ゲスト・プロフィール>
柴田 仁 (しばた・ひとし) 氏
1974年甲南大学卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社し、システムズエンジニア(第1種情報処理技術者)として勤務。1977年、大幸薬品株式会社入社。1980年、取締役社長室長となり、「正露丸」の主成分である「日局 木クレオソート」の再評価にかかわった後、販売管理、製造管理システムを構築。1986年、取締役副社長、1987年、代表取締役社長に就任。遺伝子組み換え施設を備えた研究所を設立し、基礎研究に注力。海外展開を進め、「ラッパのマーク」ブランドを確立。2009年、東証二部上場、2010年、東証一部上場後、同年、代表取締役会長に就任。日本家庭薬協会会長、大阪家庭薬協会最高顧問理事、日本一般用医薬品連合会副会長、吹田商工会議所会頭、公益社団法人吹田納税協会会長として、セルフメディケーションの普及や地域貢献等CSR活動を推進している。
 
 
<ホスト・プロフィール>
斎藤 文夫(さいとう ふみお)氏
1944年栃木県塩谷郡塩谷町生まれ。青山学院大学経済学部卒業後、旧今市市職員を経て、2000年から旧今市市長に就任。2006年より日光市長。栃木県ホッケー協会会長、栃木県アイスホッケー連盟会長、日光市社会福祉協議会会長を務める。妻(詩人の立原エツ子氏)と2男1女、孫が2人。趣味:読書、スポーツ観戦、山歩き、山菜・キノコ採り(今は休止)。座右の銘:「抜苦与楽」「自らを反省し、自らを造れ」「Learn to labour and to wait(努力すること、待つことを学ぼう)」。
 
 
<進行役プロフィール>
西川りゅうじん(にしかわ りゅうじん)氏
両親の新婚旅行先の日光で授かった“日光ベイビー”。1960年神戸市生。一橋大学在学中に企画プロデュース事務所を起業。「愛・地球博」の“モリゾーとキッコロ”や「平城遷都1300年祭」の“せんとくん”の選定・PR、「六本木ヒルズ」の商業開発、全国的な焼酎ブームの演出に携わるなど地域の元気化に努める。経産省「地域の魅力セレクション」や信用金庫協会「商店街コンテスト」の審査委員長、厚労省「健康寿命をのばそう!」運動スーパーバイザー、観光庁委員などを歴任。2014年4月より日光市まちづくりアドバイザーを務めている。
 
 
 
●「日光」と「正露丸」の名前の由来
 
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西川  日光には、全国各地からはもとより、海外からのインバウンド観光客も含めて、年間約1200万人の観光客にお運びいただいています。柴田会長は日光にいらしたことはありますか?
 
柴田  若い頃に出張で東京に2週間ほどいたことがあって、せっかくだからと思い、週末を利用して日光に寄らせていただきました。
 
西川  鬼怒川温泉、川治温泉、奥鬼怒、平家の落ち武者伝説のある湯西川温泉など、いろいろな温泉がありますが、温泉で汗を流されましたか?
 
柴田  残念ながら日帰りだったので、今度、ぜひ、ゆっくりうかがいたいものです。
 
西川  日光という名前の由来は、この地に鎮座する修験道の聖地の男体山を、梵語(サンスクリット語)で仏教の「極楽浄土」を意味する「ポータカラ」を語源とする「ふたらくさん」と呼ばれ、そこから「二荒山(ふたらさん)」と記されていました。その「二荒(にこう)」に、弘法大師が「日光」という佳き字を当てたものだと伝わっています。大幸薬品の「正露丸」も、今は「正しい」という字が使われていますが、元は日露戦争の際の「征露」から来ているそうですね。
 
柴田  当時は「ロシアを征する」という意味でしたが、今は「ロシアは正しい」になっています。意味が逆転しましたね。
 
西川  「ロシアを正す」かも知れませんね。日光がなぜ極楽浄土とされていたのかと言えば、日光連山や中禅寺湖をはじめとする風景の神々しさに加えて、昔から水質が優れていたことが大きいように思われます。日光には明治の始めから欧米各国の大使館の別邸が多く、大正・昭和・戦前に至るまで、「夏になると日本の外交は日光に移る」と言われるほどでした。
 
斎藤  夏は涼しく、今も昔も避暑地なんですね。
 
西川  そんな土地柄ですから、日本の近代医学の祖であり、東京帝国大学に医学部を創設したドイツ人のエルヴィン・フォン・ベルツ博士も日光をとても気に入って、明治天皇やのちの大正天皇、伊藤博文らと共にたびたび訪れました。大正天皇がご病気になられた折には、当時の皇太子様(昭和天皇)もご一緒によく日光にいらしたそうです。現在の天皇陛下も、戦時中、皇太子でいらした際に疎開しておられた地でもあります。幕末から数多くの外国人が避暑や静養に訪れ、ヨットやボート、ワインなどを日常的に楽しむなど、日光は西洋のリゾートライフが初めて日本に根付いた場所でした。また、ベルツ博士は温泉療法を日本に紹介した人としても有名ですが、各国の大使館の別邸には医師も常駐し、日光は当時の最先端の医療センターだったとも言えるでしょう。
 
 
 
●日本の家庭の常備薬「正露丸」
 
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柴田  ベルツ博士はドイツの方ですね。 
 
西川  ドイツのシュトゥットガルトの近くの出身の医学者です。日光杉並木の中にはベルツ博士がよく腰かけたと伝わる「異人石」がありますが、日光ではベルツ博士との御縁を忘れないよう、ドイツビールと音楽の祭典「日光オクトーバーフェスト」を開催しています。
 
柴田  実は、「正露丸」の主原料である「木(モク)クレオソート」を生成するためのブナの木のタールは、今もドイツから輸入しているんです。
 
西川  ドイツのブナの木が良いのですか?
 
柴田  日本ではブナの木をあまり切りませんが、ドイツではブナの森林が成熟していて、間伐しても放っておいたらまた生えてくるくらい循環がスムーズに行っています。このブナを大量に炭焼きすると、ごく少量の木タールが採取できます。その木タールをドイツから輸入しているわけです。
 
西川  それが「正露丸」の原材料になるわけですね。
 
斎藤  日本でも昔から、竹などを炭焼きして、その煙、蒸気から樹脂を採りますね。
 
柴田  樹脂にはいろいろな用途がありますが、ヨーロッパでも炭焼きは減ってきています。日本では今は減りましたが、きちんとリサイクルができるところで限定的に行われています。日本の林業はなかなか厳しい状況ですが、森林資源は最後に医薬品原料になれば付加価値も付きますし、林業再生のためにも頑張ってほしいものです。
 
斎藤  日本は森林政策を誤って、スギ、ヒノキばかりにしてしまいましたからね。
 
西川  そのために、近年、スギによる花粉症で苦しんでいる方が大勢います。
 
柴田  スギも、もう少し間伐してあげたら、そんなに花粉は飛ばないのですが。
 
斎藤  きっと国も反省していると思いますよ。
 
 
 
●日光東照宮には太閤さんが祀られている!
 
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斎藤  「正露丸」は、家庭常備薬で、どの家にも必ずありました。富山の薬売りの人が年に1、2回やって来て、なくなった分を補充してくれるので、それを待つんです。私の世代は「正露丸」で育ったようなものですよ。
 
西川  受験生の味方でもありますね。私も大学受験のときには「正露丸」のお世話になりました。
 
柴田  ありがとうございます。ご愛用いただいて光栄です。
 
西川  万能薬ですね。おなかを壊したら、歯が痛くなったら「正露丸」。
 
斎藤  そうそう、歯が痛いときに詰めたりしましたね。
 
柴田  私は、今、日本家庭薬協会の会長を務めさせていただいています。伝統薬のメーカーばかりの集まりなのですが、一番古いところでは700年もの歴史がありますが、日光にも素晴らしい歴史がありますよね。
 
斎藤  日光が信仰の場として開山されて1250年ほど経ちました。ただ、栄えるようになったのは、400年ほど前に徳川家康公を祀る日光東照宮ができてからのことです。それまでは仏教の聖地で修業の場でしたから、一般の人はあまり来なかったんです。
 
柴田  関西でいえば、大峰山とか吉野のような聖地ですね。
 
西川  そうですね。初めての武家政権を開いた源頼朝公の父の義朝公が平安末期に日光山を開山し、源氏の守り神、武家の守り神として信奉されました。そして、頼朝公を尊敬していた徳川家康公が祀られ、3代家光公によって荘厳な伽藍が創建されました。日光東照宮には、徳川家の歴代の将軍だけではなく、実は豊臣秀吉公も祀られているんです。
 
斎藤  家康と秀吉は仲が悪いと思われていますが、実際は少し違うんです。毎年5月に行われる東照宮の「例大祭(れいたいさい)」では神輿が3基出ますが、その3基とは、源頼朝公、徳川家康公、そして、豊臣秀吉公なんです。
 
西川  日光には大幸薬品ならぬ太閤殿下も祀られているわけです。もちろん、家康公にとって秀吉公は敵だったのですが、それでも恩人として奉り、神として崇め続ける。徳川家のその懐の広さが江戸幕府が長続きしたゆえんかも知れません。
 
柴田  大阪城の関係で、私も含めて関西の人は秀吉公を贔屓にしている人が多いですが、日光東照宮に太閤さんが祀られているとはうれしいです。
 
 
 
●日本の家庭薬は人類の宝
 
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西川  柴田会長と初めてお会いしたのは、会長が大阪青年会議所で活躍されていた際に、私がアドバイザーとしてお手伝いさせていただいていた時で、もう30年ほど前ですね。当時から物事を客観的に見ておられ、徹底的な現場主義でいらして、まるで家康公のように人徳のある方でした。だからこそ、大幸薬品も長く続いていらっしゃるのでしょう。社歴の長い医薬品メーカーは家業が元の会社が多いですね。
 
柴田  大阪の場合、ロート製薬、小林製薬、森下仁丹など上場されている企業も多いですね。一方で、家業的にやっている歴史のある老舗企業も少なくありません。しかし、どこも経営は厳しくなってきています。日本には国民皆保険という素晴らしい制度がありますが、一般医薬品は全額負担ということもあって、国内に限ると売り上げが減っています。人口の減少もありますし、やはり海外展開もしていかないと厳しい状況があります。
 
西川  日本の医薬品のレベルは高いですが、薬事法は国によって異なりますね。
 
柴田  伝統薬といえども、薬のメカニズムや安全性を示していかないと、海外の承認も取れませんから、研究開発も必要です。業界全体で力を合わせて、業界が発展・成長していけるように頑張っているところです。
 
斎藤  昨今、日本の医薬品は外国人観光客に人気を呼んでいますね。
 
柴田  日本の家庭薬は本当に素晴らしい薬が多く、さまざまな実証実験をクリアして、何世代にもわたって使い続けていただいている、皆さんに安心して使っていただける薬ばかりです。最近ではそれが世界的に知られ、海外、特にアジアの国々の皆さんから絶大な人気と信頼をいただいています。インバウンド観光客の爆買いが起こったきっかけも、日本の家庭薬だと自負しています。
 
斎藤  たしかに、外国人観光客のお土産の定番になっています。
 
柴田  海外では、医療機関へのアクセスが困難な地域が多く、保険制度も充実していないので、まずは「セルフメディケーション」として、一般用医薬品の中で信頼できる製品を使いたいとおっしゃる方が多いんです。そういう方々にとって、高品質な日本の家庭薬は非常に有用ですし、他の地域の皆さんにもどんどん活用していただけるよう、人類の宝としてぜひ後世にも残していきたいと考えています。
 
 
 
●「家業」からのイノベーション
 
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西川  大幸薬品は家業から一歩進んで東証1部に株式上場され、クレベリンをはじめ新たな製品も人気を呼んでいますが、何か特別なきっかけがあったのでしょうか?
 
柴田  上場しようという方針を決めたのは5年ほど前です。企業理念を創り直していくうちに、もっと会社をオープンにしていく必要性を感じて、そこから上場を目指しました。
 
斎藤  上場は大きなご決断でしたでしょう。
 
柴田  やはり国内の売り上げが減っていたので、新しい事業に着手する必要があったんです。グローバル展開もして行きたかったですし、研究所を造りましたがイノベーションを起こし新製品開発を進めるためのステップでもありました。実際に上場すると、兄弟はもちろん、従来からの社員も、皆、さらに頑張って協力してくれるようになりました。
 
西川  「正露丸」「正露丸糖衣A」のような伝統的な商品に加え、ウイルス除去・除菌製品の「クレベリン」シリーズが出て、今や大幸薬品の新たな柱の一つになってきていますね。「クレベリン」の発売は2005年ということですが、どういうきっかけで開発されたのですか?
 
柴田  もともとは、私の弟が見つけたものなんです。彼は消化器外科の専門医で、大阪の市立豊中病院で外科部長をしていました。その頃、このクレベリンの原型に出会って、解剖する際にいろいろな感染症にかかる医師が多いことから、解剖室にいくつか置いてみたのだそうです。
 
斎藤  お医者さんが感染することもあるのですね。
 
柴田  そういったこともあるのです。しかし、これを置いて菌数を測定したら菌の数がすごく減っていて、感染リスクが下がることがわかった。それで弟から「これを大幸薬品で扱わないか」という話があり、その折に「上場を目指すから、会社に入って一緒にやってくれないか」と頼みました。その弟が現在の当社の社長です。
 
西川  研究開発型商品として、この分野で他社の追随を許さない商品になっていますね。
 
柴田  今まで、消毒剤とか感染を抑制する感染対策市場というのは、あまり大きな市場ではありませんでした。医療用のワクチンとか抗生物質はありますが一般向けではありませんし、予防策としては換気や空気清浄、手洗い、うがい、マスクの励行くらいしかない中で、クレベリンが登場したわけです。新しい概念の商品ですので、当社でも「感染管理事業」という新しい事業名で進めています。
 
斎藤  なるほど、感染を管理するわけですか。
 
西川  まったく新しい、今までになかった商品ですから、今後、アジアやアフリカの衛生面でも途上の国々で爆発的に伸びる可能性がありますね。
 
柴田  西アフリカでエボラ熱が広がったときには、2カ国にクレベリンのスプレータイプを大量に寄付させていただきました。防護衣を脱着する際に菌が手に付着して感染するケースが多いとのことでしたので、ぜひとも使っていただきたかったのです。
 
斎藤  これまでにないものだけに、安全性を気になりますね。
 
柴田  「クレベリン」はウイルスを殺すのではなく不活性化させているだけなので、人に対してすごく安全性が高いのです。空気中に常在させておくと、誰かがインフルエンザで咳をしても瞬時にウイルスが不活化されるので飛び散らずに済みます。これまで、家やオフィスの部屋のような閉鎖空間で、「空気以外の物質を常時発生させておく」という基準がなかったので、実証しながら実績をつくっていき、まずは国内基準にすること、そして最終的には世界基準にすることを目指しています。そうなれば、世界中の閉鎖空間で使っていただけるようになり、市場も大きくなりますからね。
 
 
 
●製薬と日光の知られざる関係?
 
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西川  実は家康公は当時の家庭薬の大研究家だったらしく、だから長生きして天下を取れたという話もあるほどです。先ほどのベルツ博士のゆかりの地でもありますし、イギリスの医薬品メーカーのグラクソ・スミスクラインが工場を長く操業するなど、日光は日本の医薬品製造の聖地でもあるんです。日光には大幸薬品と相通じるイズムが息づいています。
 
柴田  特に医薬品産業は水がきれいでないといけませんからね。
 
斎藤  そうなんです。日光は古来から水質が良いとされて来ました。そういう土地柄だからこそ、お線香から製薬から食品に至るまで、日本のものづくりの素晴らしさを育んで来られたわけです。日光東照宮の陽明門などはまさに日本の技術の粋を集めたものですし、結局、ものづくりが観光につながっていくのだと思います。
 
柴田  日光は日本の魅力と価値が凝縮したところですね。
 
西川  故・船村徹先生の記念館を中心とする「日本のこころのうたミュージアム」もあり、日光の美味しいものがあふれる「道の駅日光 日光街道ニコニコ本陣」、「日光江戸村」、世界中の有名な建物のミニチュアがある「東武ワールドスクウェア」も、アジアをはじめ世界各国からの観光客に大好評です。
 
斎藤  インバウンドの観光客には忍者が特に人気です。忍者、サムライは日光の観光誘客の重要なコンテンツになっています。
 
柴田  外国からの旅行者が日本の家庭薬をよく買っていただいているというお話をさせていただきましたが、国に帰って使い方がわからなかったり間違って使われたりすると大変なので、「正露丸」はパンフレットに英語も併記してあります。しかし、他の多くの薬には併記されていないことも多いので、パンフレットにQRコードを付けておき、スマホをかざしたら、その国の言語で情報が出てくるシステムを業界を挙げて導入を進めています。
 
西川  それは便利で安全・安心ですね。日光でも、インバウンドの観光客のために、スマホをかざすと観光施設の情報が表示されるシステムを積極的に整備しています。
 
柴田  昨年末、アメリカ・フロリダの「ディズニーワールド」に行きましたが、施設自体は古くなっていても、リストバンドを使った入場者の管理システムは最新でしたし、サービスも素晴らしかったです。観光を楽しんでいただくためにも、家庭薬を使っていただくためにも、最新のシステムを活用した適切な情報提供の重要性は同じですね。
 
斎藤  日光市としても、おもてなしの心を忘れず、自然と歴史・伝統・文化を大切にしながらも、最新のITを活用しつつ観光客の利便性を高めて行きたいと思います。
 
西川  日光も家庭薬も、温故知新・不易流行の精神で、伝わって来たものを大事にしながら、常に進化を目指し、世界への発信力やブランド力を、一層、高めて行きたいですね。
 
斎藤  本日は大いに勉強になりました。近いうちのご来晃をお待ちしております。
 
西川  お話から日本の日の光が見えて来たようです。ありがとうございました。
 

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経営コラムニスト紹介

マーケティングコンサルタント 西川りゅうじん氏

西川りゅうじん氏 マーケティング コンサルタント


1960年生まれ。兵庫県出身。84年一橋大学経済学部卒業。86年同大学法学部卒業。

在学中に企画プロデュース会社を起業し、30年にわたり赤字の年なく経営。
実家は創業以来63年間黒字の製造販売業を営む中小企業。

「ウォークマン」の販売促進、「ジュリアナ東京」のPR、「福岡ドーム」のオープニング演出、「六本木ヒルズ」「表参道ヒルズ」「三井本館」「コレド日本橋」「京都駅ビル」「上海金融環球中心」のコンセプト立案・商業開発、「愛・地球博」の“モリゾーとキッコロ” や 「平城遷都1300年祭」の“せんとくん”のデザイン及びネーミングの選定・広報、「つくばエクスプレス」や「成田スカイアクセス」の沿線まちづくり、本格焼酎マーケティング研究会座長としての芋焼酎の全国的な人気づくり、「龍馬伝」と連動した高知県「龍馬博」総合プロデュース、日本橋・吉祥寺・柏・瀬戸内7県・沖縄離島の地域活性化に携わるなど、産業と地域の“元気化”に 手腕を発揮している。

東京工業大学・早稲田大学・津田塾大学・甲南大学・東北芸術工科大学・松山大学の非常勤講師、拓殖大学客員教授を歴任。

厚生労働省「健康寿命をのばそう!Smart Life Project」スーパーバイザー
経済産業省「地域の魅力セレクション」審査委員長
林野庁「森林セラピー」戦略会議座長
(社)全国信用金庫協会「商店街ルネッサンス・コンテスト」審査委員長
観光庁「観光立国推進戦略会議」ワーキンググループ委員
神奈川県と横浜市が連携したまちづくり委員会「マグカル・テーブル」座長
兵庫県参与
長崎県観光PRアドバイザー
熊本県「企業力《1ランクUP!》プロジェクト」スーパーバイザー
(公財)にいがた産業創造機構アドバイザー
日光市まちづくりアドバイザー
小田原市観光協会総合アドバイザー
藤沢市駅前商店街活性化アドバイザー
都城市PRアドバイザー


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