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第44回
オーナー企業に異変!親が子を解任するお家騒動続発
~親世代の生涯現役への執着が家族を崩壊させる~

次の売れ筋をつかむ術

 
 
伊勢の名物として知られる和菓子の「赤福」や
家具インテリア販売大手の「大塚家具」をはじめ、
近年、全国各地のオーナー企業で、前社長である親が、
社長を務める実の子供を解任するお家騒動が続発している。

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日本企業の約95%は、いわゆる、同族経営によるオーナー企業であり、
全雇用者の約6~7割はオーナー企業に勤めている。
 
同族会社とは、特定の親族グループが大株主になっている会社のことだ。
 
日本の法人税法上、株主ならびに、
それらと特殊の関係(配偶者、六親等内の親族、三親等内の姻族など)にある
個人および法人が有する株式の総数が、
その会社の発行済み株式総数の50%以上に相当する会社を同族会社と定義されている。
 
全国各地の中小・中堅企業のほぼすべては、同族会社だ。
 
また、上場・非上場を問わず、経営者の一族が株式の多くを所有し、
創業家から多くの代表取締役を輩出している
トヨタ自動車、サントリー、竹中工務店といった大企業の一部も、
同族経営によるファミリービジネスだと考えられる。
 
同族経営によるオーナー企業であるために、
代々一子相伝で理念や信用や技術を連綿と受け継げるので、
戦災や度重なる大地震などの自然災害をも乗り越えて、
日本企業は長寿であると言われる。
 
社歴100年以上の企業は、アメリカに約8百社、
日本と同じく長い歴史を持つヨーロッパ全体でも約6千社しかないのに対して、
日本には約3万社もあると推定される。
 
それは、親から子へ、子から孫へと、血縁がつながって行くのに従って、
経営が順にバトンタッチされてはじめて成り立つ。

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ところが、皮肉にも医療が発達するに連れ、
親が高齢になっても心身ともに健康なのは良いことだが、
いつまでも引退せず、ついには子供とぶつかり、
親子で骨肉の争いに発展するケースが増えている。
 
そして、往々にして、親子の争いに、2世代3世代の兄弟姉妹やその配偶者が加担し、
各々の社内派閥や取引先・仕入先、ライバル企業までが入り乱れての抗争に発展してしまう。
 
こうなると、会社の信用がガタ落ちになるのはもちろん、
社内は浮足立って、社員はまともな仕事などできなくなる。

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仮に会社は残っても、血を分けた親子であるだけに、
かわいさ余って憎さ百倍となり、家族は崩壊する。
 
親が亡くなった後で、親が眠る墓を子や孫が蹴り倒すという、
この世の地獄が現出してしまう。
 
昔は「人間五十年」と言われたが、今や80歳代の現役社長はもはや珍しくない。
しかし、そのとき子供は、既にその50歳代である。
 
人生100年時代を迎えつつある今、
はたして、オーナー企業の経営のバトンタッチは、どうあるべきなのか?
 
 
◆伊勢の名物「赤福」で勃発した耳目を疑うお家騒動

2014年4月、伊勢神宮の参道に本店を構える、1707(宝永4)年創業の3百年を超える
老舗和菓子メーカー「赤福」(三重県伊勢市)で、突如、耳目を疑うお家騒動が勃発した。

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父である先代社長の浜田益嗣(ますたね)氏(76歳)が、
長男である社長の典保(のりやす)氏(51歳)を、事実上解任し、
新社長には益嗣氏の妻で典保氏の実母の勝子(まさるこ)氏(77歳)が就任した。

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赤福は、2007年に消費期限切れ商品の偽装や再利用が常態化していたことが発覚し、
食品衛生法違反で3カ月の営業禁止処分を受けた。
 
当時会長だった父益嗣氏は引責辞任し、
2005年から社長を務めていた息子の典保氏は経営再建のため続投していた。
 
しかし、父益嗣氏は、その後も、赤福の株式の約85%を保有する筆頭株主の不動産管理会社、
浜田総業の社長を務めており、赤福の実質的ワンマンオーナーだった。
 
同社の2008年9月期の売上は64億円だったが、
2013年には伊勢神宮で20年に一度の社殿を造り替える式年遷宮もあり、
同年9月期の売上は92億円に増えるなど、業績も順調に推移していた。
 
父益嗣氏は、新聞社の取材に対し、50歳を過ぎた実の息子を解任するという
驚天動地のクーデター人事の理由について、
「(長男典保氏の)社長教育をちゃんとしていなかったので、いろいろと問題が出てきた」
と述べた。
 
ちまたでは、
 「のれんを重視する父益嗣氏と、家業から企業へ近代的な経営への転換を目指す
  息子典保氏との方針に違いが出て来たのでは」、
 「将来的に次男の吉司氏(おにぎりせんべいのマスヤ社長)に譲り渡す算段かも」、
 「調子に乗っていた長男にお灸をすえただけで、今回の人事で新たに典保氏の妻の朋恵氏が
  取締役に名を連ねたのは将来のおかみを期待されているのかも」
などといった噂が乱れ飛んでいる。
 
父益嗣氏は、1993年から伊勢に観光商店街「おかげ横丁」を造り、
伊勢神宮を日本有数の観光地に押し上げた立役者だ。
 
私も観光庁の観光立国推進戦略会議のWG委員や
全国商工会議所の観光振興大会の基調講師などを務めさせていただいた際には、
必ずといって良いほど、日本を代表する地域活性化の成功事例としてご紹介させていただいて来た。
 
一方、長年にわたり、日本青年会議所(日本JC)の全国大会や
各地の青年会議所(LOM)の講師やアドバイザーを務めて来た関係で、
2000年頃に、何度か、息子の浜田典保氏にお会いしたことがある。
 
息子典保氏は、伊勢青年会議所理事長を務めたあと、日本JCの東海地区三重ブロック協議会の会長、
東海地区担当常任理事も務めるなど、父上に負けず劣らず、地域経済の発展に力を尽くして来た。
 
彼は、お坊ちゃんにありがちな浮ついたところなど微塵もない、しっかりした芯のある人物である。
 
父親がメディアに対して彼をおとしめるように聞こえる発言をしても、
彼はメディアでもネット上でも口を貝のようにつぐんだままだが、きっと無念極まりないに違いない。
 
実際には何が解任に至るまでの親子の確執を生み、泥沼の事態を引き起こしたのかは、
当事者同士にしかわからない。
 
息子典保氏が、外部からはうかがい知れない解任に値するだけの不祥事を起こしていた可能性もある。
 
しかし、いかなる理由にせよ、今回の解任人事は、永遠に癒えない大きなしこりを残すことは間違いない。
 
新社長に就任した母勝子氏は、「従業員の皆様へ」という文書を社内に配布した。その中で、
「未来に向けた経営を志向するため、『のれん』に象徴される理念に基づく経営を目指す」
と強調している。
 
「のれん」とは、一体、何なのか?単なる屋号や商号のことではないはずだ。
 
江戸・京(京都)・大坂(大阪)・長崎などの全国の百年以上続く企業による
「のれん百年会」(老舗百年会)の大会でも基調講師やコーディネーターを務めさせていただいた
こともあるが、「のれん」とは、言わば、いかなる時代においても企業が守り抜かねばならない
DNA(遺伝子)に他ならない。つまり、社是そのものだ。
 
赤福の社是であり、商号の由来は、「赤心慶福」(せきしんけいふく)であるらしい。
伊勢神宮への参拝者の心のあるべき様を表わした言葉である。
 
人を憎んだり、ねたんだりする悪い偽りの心を、伊勢神宮の神域を流れる五十鈴川の水に流し、
赤子がごとく素直なまごころ(赤心)を持って、他人の幸福を自分のことのように喜んであげられる
心の状態だ。
 
はて、親が子を解任するという今回の人事に、
赤福の「のれん」である「赤心慶福」を感じられる人はいるだろうか?
 
どんな原因があったにしても、少なくともはた目には、
修復不可能な最低最悪の親子ゲンカの末に行き着いた椿事(ちんじ)にしか見えない。
 
消費者、従業員、取引先、仕入先、地域はもとより、
和食が世界文化遺産に登録された日本国にとっても、
伊勢神宮を心の拠り所とする日本中の人達にとっても、
そして、浜田家の子々孫々に対して、
赤福の「のれん」を大きく毀損する所業である。
 
結果は、オーナー企業の事業承継に関する反面教師にしかならない
新たな「伊勢の名物」を作っただけである。
 
 
◆大塚家具では創業会長が社長を務める長女を突如解任
 
2014年7月、家具インテリア販売大手の大塚家具では、
大塚久美子社長(46歳)が解任され、創業者の大塚勝久会長(71歳)が会長兼社長に就任した。
 
久美子氏は代表権のない取締役に降格された。
彼女は勝久氏の長女で、2009年から社長を務めていた。
 
公式発表では、
「社長交代は、経営環境の変化を鑑み、機動的な経営判断を行うことが目的」というが、
実際のところ、お家騒動の背景に何があったのかは、当事者同士にしかわからない。
 
大塚家具は、1980(昭和55)年に、株式を店頭登録(現・東京証券取引所ジャスダック)
している上場企業だ。

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しかし、同社は、
役員に、大塚勝久氏、久美子氏、勝久氏の長男の勝之取締役常務執行役員(45歳)と
次男の雅之執行役員がいる同族経営である。
 
久美子氏が解任される前、大塚家具は、全上場企業3539社のうち1%未満しかない
女性が社長を務める企業26社の1社だった。
 
久美子氏は、偶然、私と同じ一橋大学経済学部の卒業だ。
経済学の泰斗、塩野谷祐一教授が指導する名門ゼミナールに所属していた才媛である。

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1991年に卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)に入行。
1994年、家業の大塚家具に入社し、
経営企画部長、経理部長、営業管理部長、広報部長、商品本部長等を歴任した。
 
2004年、大塚家具の取締役を一旦退任し、2005年、東京都千代田区に、
広報・IRのコンサルティング会社、クオリア・コンサルティングを設立。
 
2009年、創業40周年を機に、大塚家具に戻り、代表取締役社長に就任した。
しかし、5年後、実の親に解任された。
 
多くのメディアは、経営方針について久美子氏と勝久氏の間に確執があり、
解任に至ったと報じた。
 
真偽は確かではないが、2014年3月の株主総会の席上で、
久美子社長と、勝久会長、千代子相談役(久美子氏の母親)が、
親子でなじり合うほど溝が広がっていたという噂もある。
 
久美子氏は、お嬢様育ちで、プライドが高く、現場から乖離していたなどという
心無い話をまことしやかにささやく声もある。
 
しかし、本当にそうだろうか?過去の新聞社などによるインタビューを読む限り、
創業者の苦労を知らず、甘やかされて育った人ではないように思える。
 
少なくとも、創業の精神をないがしろにするような軽佻浮薄な精神構造ではないと見受けられる。
 
 
※以下はそれらの記事の抜粋だが、どのように感じられるだろうか?
 
大塚久美子さんが、約20年前に撮影された一葉の写真を見せてくれた。
鉄骨4階建ての簡素な建物が写っている。
東武春日部駅(埼玉県春日部市)近くにあった第1号店だ。
 
祖父が春日部の桐だんす職人で、家具販売専門店を始めたのが父。
隣の倉庫の一角が私たち家族の住まいでした。
私が育ったのは1号店の店舗兼倉庫の一角にある住居スペースでした。
 
桐だんす職人だった祖父は材木の木目を見ればどんな家具ができるか目利きができる人でした。
母は、生えている木を見れば何の木かわかり、父は切ってある材木を見れば何の木かわかります。
 
父の勝久さんが埼玉県に家具販売店「大塚家具センター」を創業したのは1969(昭和44)年。
その前年、久美子さんは5人兄弟の第1子として生まれた。
 
保育園のとき、友だちがおやつを置くのにかわいらしいナプキンを持ってきたが、
大塚さんはティッシュペーパーを持たされた。
お金は事業に使うため、贅沢はしないという両親の方針だった。
「お前は店の看板を背負っているのだから、外ではみなお客様と思いなさい」としつけられた。
 
久美子さんが、夏休み、父勝久さんに、「旅行に行きたい!」と言ったら、
「よし、わかった!」と地方の家具メーカーの工場見学に連れて行かれた。
でも、これがよかった。いつしか業界通になっていたんです。

自宅はインテリアの実験場と化した。十数回も引っ越ししたのは、
部屋や間取りに合ったインテリアを研究するためだった。
 
父勝久氏が「良いものを安く」と小さな販売店を出して40年余。
「周囲を田んぼに囲まれた倉庫のようなお店」は日本有数の家具店「IDC大塚家具」に成長した。
 
 「父と同じ反骨のDNAが流れている」と自認する大塚さんはポツリと言った。
 「『値下げを嫌うメーカーが商品を売ってくれない』と悔し涙を流す両親を見て育ったんです」。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
久美子社長体制になってから、たしかに業績は伸び悩んでいたのかも知れない。
 
創業者の勝久氏は、2000年代に売上げを最高約700億円にまで伸ばした。

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久美子氏の社長就任の前年には約668億円あった売上高が、2013年は
約562億円と16%減少した。
 
しかし、久美子社長在任中の最後の期は、一転増益となった。
 
2014年4月末の消費税増税前の駆け込み需要は大きかったであろうが、
2014年1~6月期の単独税引き利益は、減益予想から一転して、
従来予想を3億6300万円上回り、前年同期比33%増の7億4200万円になった。
また、売上高、営業利益、経常利益も上方修正した。
 
同族経営とはファミリービジネスである。家具とはファミリーが仲良く暮らすために存在するはずだ。
 
「FAMILY」とは、「Father And Mother I Love You」の頭文字を合わせた言葉とも言える。
 
あたたかい家庭、家族同士の心が通じ合うだんらんなくして、
どんなに高価ですぐれたデザインの家具がそろっていても、ただ虚しさが増すだけの、
まさに無用の長物でしかない。
 
 
◆「人生とはひとつの世代と次の世代の共同作業である」
 
ことほどさように、近年、社長を退いた会長やオーナーが、
後任の社長を追い出し、復帰するケースが増えている。
 
ユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井正会長が、
2002年に自ら社長に招聘した玉塚元一氏を、
たった3年で解任した件も記憶に新しい。
 
しかし、他人であれば、「さよなら」すれば済む。
ところが、同族経営のオーナー企業の場合、そうは行かない。
 
骨肉の争いの結果、仮に企業が生き残っても、家族は崩壊してしまう。
 
特に、親子の対立に兄弟姉妹まで入り乱れて来ると収拾がつかなくなる。
 
昔から「田分けは、たわけ」というように、
創業者が会社の株式を兄弟姉妹の子供に分配したりすると、
多くの場合、悲惨な結末を迎える。

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田を親から子へ、子から孫へと分けて行けば、
所有者の数が増えるに連れ、面積が小さくなり、
一家が暮らせるほどの米が収穫できず、一族が衰退していく。
その親は、まさに「田分け者」である。
 
誰もが知る業界のリーディングカンパニーの1社の、ある有名な会社でも、
最初は兄弟が一緒に勤めていたが、創業者の死後、結局はたもとを分かち、
別々のライバル会社になってしまった。
 
兄弟同士が反目し合っていたため、孫の代になると、
従兄弟同士でも、お互い音信不通になり、
結婚したことさえ他人から聞いて知るほど疎遠な関係になり果てている。
 
もはや、両社、両家は、単なる競争相手というレベルを超えて、
宿敵同士といっても過言ではないほど、無意味なまでに嫌悪し敬遠し合っている。
 
一族の、そんな悲しい事態を創業者が望んでいたはずがない。
しかし、その種を撒いたのは、他ならぬ創業者その人に相違ない。
 
私は、30年以上にわたって、全国各地の数万社の、
ありとあらゆる業種・業界のオーナー企業の老若男女の経営者と日々接して来た。
 
2代目3代目の若手オーナー経営者の集まりでは、
全国や各地の商工会議所青年部(YEG)、商工会青年部(IMPULSE)、
青年会議所(JC)、法人会青年部、中小企業青年中央会といった
青年経済団体、農協青年組織協議会(JA全青協)をはじめ、
さまざまな業種・業界団体の青年部の大会などの事業に、
講師やアドバイザーとして関わって来た。
 
そういった経験の中、企業のオーナー家の親子の確執について、
ひどい状態を見聞きすることが、年々、増加している。
 
社員や顧客や株主や金融機関の目の前で、大人気ないほど汚い言葉で、
もういい歳の子供を罵倒する親もいる。
 
他人であれば決して吐かないような言葉を浴びせるのは、
子供と世間に対する甘えでしかない。
誰も注意できないので、裸の王様になっていることに気が付かないのだ。

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親が会長に退いて、形の上では子供に社長を譲ったものの、
実印を決して渡さないケースも耳にする。
 
長年にわたって会社の株式の譲渡を進め、やっと完了すると思ったら、
手続きに来た法務局で急に、「お前は俺をお払い箱にしたいのか」などと悪態を突いて
つかみあいのケンカになったという笑えない話もある。
 
「地震、雷、火事、おやじ」というが、
この場合の「おやじ」とは、「おおやまじ」がなまったと言われ、強風を意味する。
つまり、台風や竜巻(つむじ風)などの強風に気を付けよという警告であって、
おやじが天災のように家族を破壊してしまっては元も子もない。

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もちろん、社長に不適格な子供を子供だからといって社長に据えるのは、
社員や取引先や本人にとっても良くないことだ。
 
しかし、経営者は失敗を重ねて成長するしかない。
社長を譲ったからには完全に任せ切らないと、いつまでも本人は自分の足で立てない。
 
自分も未熟な若いときがあったことを忘れて、
息子や娘をいつまでも子供扱いしている場合もあるに違いない。
 
私の知る限り、
全国各地の、あらゆる業種・業界で、バトンタッチがうまく行っているオーナー企業は、
子供が30代か遅くとも40代に完全に実権を譲るか、親が早世した場合が多い。
 
英語で世代を意味するジェネレーションとは30年を指す。
一般的に、親が30歳頃までに子供が生まれ、世代が引き継がれて行くからだ。
 
つまり、本来、60歳になったら、次の世代にバトンタッチすべきなのだ。
 
国会議員は30代で当選しなければ大臣になれないというが、
企業経営も失敗しても立ち直り、無理がきくのは30代~40代までだ。
 
NHK大河ドラマの「軍師 官兵衛」の黒田家の代々の当主がごとく、
ひとたび家督を譲ったら、先代は口出ししないに限る。

tu44-15.jpg tu44-16.jpg tu44-17.jpg
 
医療が発達し、人生100年時代を迎えつつある今、元気で若々しい70代、80代の人も数多い。
 
仕事が生きがいで、仕事イコール人生で生き抜いて来た人が、生涯現役でいたい気持ちは当然だ。
 
しかし、人の命は永遠には続かない。
 
60歳を過ぎたら、業界や地域や趣味に目を向け、「君臨すれとも統治せず」というスタンスで、
何があっても「忍」の一字で見て見ぬフリをしなければ、次の世代は育たない。
 
会社に対して許しがたい背任行為を行ったとか、公序良俗に反することをしでかしたのでもなければ、
50歳にもなった子供を社長から解任するのは愚の骨頂だ。
 
貧しいアイルランド系移民から身を興し、長男を戦争で失いながらも、
次男のジョン・F・ケネディを大統領にまで育てた、
ジョセフ・P・ケネディの有名な教育哲学は、「一番になれ、二番以下は敗者だ」である。

tu44-18.jpg ジョンFケネディ(右)と父ジョセフPケネディ
 
しかし、同時に以下の言葉が、ケネディ家をつなぐ哲学だった。
「人生とはひとつの世代と次の世代の共同作業である」
「人生の尺度とは、どれだけ財を成したかではなく、どんな家族を創り上げたかである」
そして、「家族が団結すれば、何事も可能だ」

tu44-19.jpg ケネディ家
 

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