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第29話 鄧小平と毛沢東の「戦争」―薄煕来失脚事件研究(1)

中国経済の最新動向

 今年3月、中国の政界に激震が走っている。大物政治家、重慶市書記薄煕来氏が失脚したのである。

 なぜ第18回党大会開催の直前に、中央執行部入りの可能性が高いと見られてきた薄煕来氏は突然失脚したのか?その背景にはいったい何があったか?薄氏の失脚は中国政治・経済にどんな影響を及ぼすだろうか?また「親日派」と言われる薄氏の失脚は日本企業の中国ビジネスにマイナス影響を与えるだろうか?このシリーズは読者の関心が高い諸問題に焦点を当て、客観的に分析を行う。

 2011年9月上旬、「重慶モデル」が謳歌されていた最中、筆者は重慶市を訪れた。訪問の目的は現地調査を通じて、「重慶モデル」の実態を解明したいという狙いだった。現地で新聞記者、公務員、学者、タクシー運転手など一般市民に直接に取材した。筆者は現地調査を踏まえ、独自の視角で分析した結果、「重慶モデル」というレポートをまとめた。このレポートは2011年9月20日の日本経営合理化協会の「社長のための経営コラム」ネット版(「沈才彬コラム第18話」)に掲載された。

 レポートの中で、筆者は重慶市の「農民工」(農村部からの出稼ぎ労働者)の戸籍問題を解決する戸籍制度改革の試みと低所得者向け公営住宅の建設という重慶市政府の民生重視、格差是正の努力を評価する一方、「文革回帰」、「毛沢東路線への回帰」という問題点も鋭く指摘した。このレポートは日本では最も早く薄煕来の手法を問題視するレポートと思われる。

 発表6ヵ月後、薄煕来氏が失脚した。意外に、筆者のレポートに指摘された問題点は薄氏失脚の致命傷ともなった。

 それでは、なぜ薄煕来氏が失脚したのか?その背景にはいったい何があっかか?

 マスコミは一般的に中国の「権力闘争の結果」だと言っている。確かに薄氏の失脚は中国の権力闘争の側面が否定されない。これまでの中国政治の経験則によれば、政権交代期には権力闘争が必ず激化する。1996年の陳希同・北京市書記失脚事件も、2006年の陳良宇・上海市書記失脚事件も、いずれも政権交代の前の年に起きたことである。今回の薄煕来・重慶市書記失脚も胡錦濤体制から習近平体制へ交代する年に発生した事件である。この意味では薄煕来氏は、陳希同、陳良宇と同じように、権力闘争に負けた「敗者」と言われても、間違いがない。

 しかし、「権力闘争論」だけでは薄煕来失脚事件の全貌を説明できない。薄煕来失脚は、明らかに1996年陳希同・北京市書記失脚事件、2006年陳良宇・上海書記失脚事件と異なる側面があるからである。具体的には次の3つが違う。

 1つ目は刑事事件に絡むこと。薄煕来氏の妻・谷開来がイギリス商人ヘイ・ウッド氏を毒殺する容疑で起訴され、8月8日に安徽省合肥裁判所が開廷し、審理が始まる。

 2つ目の相違は薄氏失脚が下記3つの渉外事件に絡み、アメリカ、イギリス、フランス3ヵ国との関係にかかわり、注目される。

(1) 薄煕来の側近である重慶市副市長兼公安局長王立軍は2月6日、突然、アメリカ成都領事館に駆け込み、亡命しょうとした事件である。直轄市副市長のような政府高官が外国大使館・領事館に亡命する事件は新中国樹立以来、初である。王立軍の直接上司として、薄氏の任命責任と監督責任が問われるのは当然のことである。

さらに、王立軍は薄煕来の妻・谷開来英国商人殺人事件の捜査責任者であり、事件捜査の進捗状況を薄氏に報告した直後、突然、公安局長が解任された。薄氏は捜査妨害の疑いがある。これが王立軍の米領事館亡命の引き金ともなっている。亡命事件発生後、薄氏は重慶市の武装警察を出動させ、米領事館を包囲した緊迫な一幕があった(ロック・アメリカ中国駐在大使)。

(2) 妻・谷開来と薄煕来家の使用人が利害衝突でイギリス商人を毒殺する容疑。薄煕来本人は職権乱用で家族の殺人事件の捜査を妨害する事実があるかどうかが焦点となる。

(3) 妻・谷開来がフランス人建築家パトリック・ドゥビレール氏経由で資金洗浄の疑惑。このフランス人は7月にカンボジアで逮捕され、中国公安当局に身柄を引き渡された。今、取り調べを受けている。薄本人は不正蓄財があるかどうかが捜査の対象となる。

 3つ目の相違は路線闘争の側面である。この3年間、毛沢東の「文革」路線を回帰しようとする薄煕来氏と、鄧小平の改革・開放という現実主義路線を堅持しようとする胡錦濤氏の間に、我々の想像を超える熾烈な戦いが展開されてきた。実は、薄煕来と胡錦濤の戦いというよりは、毛沢東と鄧小平の「戦争」という言い方が適切かもしれない。
 次回はこの熾烈な路線闘争の背景をズバリと解説する。

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